DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0112_昇格降格の希望を自己申請②

2019年2月時点での記録。

勤め先のメーカーで導入された、

昇格希望を自己申請できるようになった

という話の、前回の続きである。

 

前回は制度の背景や、制度に対しての所感を

残したので、今回は実際に自分がどう申請

したかについて記録したい。

 

この申請は、googleフォームによって、

希望度や希望役職などの選択と、以下の二つの

質問への自由な記述での回答で構成される。

 

質問の内容

①希望役職で活かせる能力は何か

②能力を向上させるための取組は何か

以上の2つである。

 

私は、昇格を希望した。

具体的な提案内容の説明は省くが、

2階級飛び級で昇格したいという希望にし、

その中身としては、持っている能力を、

従来自分の仕事のみに波及させ役立ってきたが

これからもっと周りに働きかけたいので

リーダーシップを取れるポジションに上がって

より責任ある仕事に取り組みたいというものだ。

 

私が持っている能力は、定量化や改善を

惜しみなく進めていける力だ、これは自分で

なんとかしたいと思って伸ばしてきたというより

必要に迫られて勝手に身についた能力で、

なおかつそれを頼りにいろんな人が私に

助けを求めて来られる機会も増えたので、

もっと考え方をオープンソースにしたいと

思っていることは事実である。私自身、

未だに信じられないほどの凡ミスをしでかして

周りをびっくりさせる局面は多々あるのだが

それをカバーできるのは他の人にとって有用な

能力を持っているからだ。言語化というのもまた

読書家であり外国語を大学で学んだ私にとって

強い武器になっている。情報共有や改善提案

には言語で伝える能力が嫌でも必要になる。

 

私の申請の話としては、ここまでだ。

 

結果に期待する一方、全く昇格しないという

結果もあり得るので、このフィードバックを

いずれにしてもこれから進んでいくための

判断材料にしていこうと心して結果を待つ。

 

この記事を読んで何かを学んで欲しいという

観点で、これは私の勤め先だけではなく、

評価制度を持つ会社全般や転職活動にも

役立つ情報であることを示唆しておきたい。

 

自分の能力は何か、という質問は常に自分に

向けておくべきだ。もちろんここで簡単なのは

「自分にはさして飛び抜けた能力はない。」

という謙虚なのか思考停止なのか分からないが

誰でも一旦は頭にぽんと浮かぶ結論だ。

これはもう、変換して「よし今から考えよう」

という始まりの挨拶だということにして進もう。

 

飛び抜けた能力があったらすでに能力について

人に説明する必要はない。それを武器にして

他の競争相手との闘いの中にいられるからだ。

 

飛び抜けているわけではないが、相対的に見て

自分の武器として提供できるもの、また

将来性強い武器となる資質や考え方など、

武器といっても種類は多種多様だ。

明らかに重そうだが何でも破壊できそうな槌も

見た目は水だが殺傷力抜群の薬剤も同じ武器だ。

 

どんな武器でも使ってみなければ前線で

いかに有用かは分からないものなのである。

 

ましてや私たちがやっているのは人殺し

ではく、善人の善人たちによる経済戦争で、

提供する相手は人事であったり、赤の他人だ。

人事には人事の、他人には他人の判断基準が

あって、その基準を満たす有用性を言語化する

のが自分の能力の説明という作業である。

 

仮に皿洗いが大好きな主婦に食器用洗剤が

自分で能力を説明するとしよう。

「自分は、役に立ちます」だけでは

競争相手がいなければ使われることになるが

競争相手が多ければ差別化する要素がない。

「自分は誰よりも泡立ちます」

「自分は手に優しいです」とか。

コンペが繰り広げられるのはそんなことだ。

 

「自分は、欧州と北米の国立大学のデザイン

工学関連の学生チームが2015年に競い合った、

地球と手に優しい食器用洗剤グランプリで

3位になった実績があります」

といったら気になる要素はあるが使うだろう。

 

要点としては、使ってみたいなと思わせるには、

それなりの戦ってきた実績が必要なのだ。

 

逆に、練られた自己評価は通用しないのだ。

 

自分を評価してもらいたいのであれば、

もちろん内面と深く向き合って、ほとばしる

夢や希望をすくい上げる努力は必須だが、

それで以ってどうやって戦ってきたかという

物語を語れないことには、絵空事である。

 

会社勤めで絵空事が通用するのは、

私の感覚では25歳くらいまでだろう。

 

しかし頑張れば何にでも壁にぶつかるので、

それこそが戦いだ。頭と体にその戦いからの

教訓が残っているなら、それは能力だ。

 

他方で能力を見抜くこともまた戦いだ。

やる気のある人物を見つけたいという思惑は

誰にでも、どの企業にでもあるものだ。それを

全体に向けてアウトソースした勤め先の対応に

私は第一に感謝したいと考えている。

 

ほとんどの人がやる気を持っていると周りには

公言するが、空回りや独りよがりや、元々

指示を受けてそれをこなすだけという体質の

人間も多いのが勤め人全体の現状だろう。

私自身、人のことをとやかく言えないのだ。

 

やる気がない人間については議論の余地がないが

やる気のある人間のやる気と予定と経過と実績を

適切に評価すれば、その君は確実に成長し

さらに周りを引き連れて成長を押し上げるだろう。

 

傍観者でなく、その君であれるように

しっかりぶつかってきた壁と対峙して

自分の能力を使ってもらえる人物でありたい。