DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0085_"柔軟な対応"ができる人

今も昔も。何事にも柔軟な対応が求められる。

 

私は柔軟に対応する力が比較的高いと思う。

それは逆説的に、決まりごとや行動指針があり

それを外れる出来事が少ない環境で現在

仕事や家庭を切り盛りできているからである。

 

予想外なことばかりが起きる仕事の環境や

受け身で物事を捉える癖があった頃は

柔軟な対応というより場当たり的だった。

 

今回は自分がとろうとする柔軟な対応を

具体例をあげながら紹介していきたい。

 

家庭での例。

我が家の家事は、9割ほど妻が担っており、

私が担う1割は、週2回のゴミ捨てと、

不定期で行う資源ごみ廃棄、台所のシンクや

排水管の掃除、掃除機のフィルター清掃など

いずれも妻の手を汚したくないという観点で

行われるものが多い。妻にはしなくていい

と言っているので、散らかれば自己責任だ。

 

他方で、食後に使った食器を洗うこと

洗濯機で洗濯して干す事などは、できる限り

私がやる。という暗黙のルールがある。

妻が子どもを寝かしつけたりしている間に、

家の仕事がたまらないように手の空いた私が

やる。たまに手を怪我したり途方もなく疲れ

たりで妻に仕事が偏ることはあるが、その時は

してくれていることに全力で感謝の意を示す。

これは優しさの続く限りこれからもずっと

していくつもりである。

 

最後は、風呂掃除は最後に入った方がやる。

毎晩のことなので時間は数分だが、これも

結婚生活が始まっていつのまにか定着した

もの。妻の実家からの輸入ルールである。

 

明文化したわけではないが、これらの決め事が

あるので、それ以外の炊事や買物や娘の幼稚園

の準備関連は妻が止むを得ずできない場合、

私が"柔軟に"対応することになる。

 

私が出来れば進んでやるし、出来なければ

後回しになるかほかの妻の仕事を私がするか

ということをその場で話し合って決める。

 

家での問題予測やリスク管理は常に妻と

気がついたらその夜には話し合うようにし、

例えば災害ニュースを見た場合などは顕著だ。

 

災害時離散した事を想定し集合場所を決める。

近所の公衆電話の場所を把握・周知している。

災害バッグを用意し寒さや飢えに最低限の

準備をしている。など、ある程度の備えと

考え方の共有を行うので、その想定を超えて

何か起きたら"柔軟に"やろうというスタンスだ。

 

仕事での例

私は工場で機械組立の仕事をしている。

みんなで使う部材の発注を行なっているが

30品目以上の品が常に知らぬ間に使用されて

なくなる前に一定数発注するのが私の仕事の

一つだ。それを専門にするのではなく、

その発注や管理の時間は専ら自分の専門の

仕事の合間に行う。仮に私が完全に気配りを

放棄してなくなるまでなにもしなければ

生産工程に悪影響が出たり私自身が急な

発注業務に時間を取られてしまったりする。

 

毎日ずっと気にかけるわけにはいかず、

また部材が無くなって誰かが困ってから

頼むのでは遅すぎる。かと言って年間、月間の

必要数を出して自動で発注するような仕組みは

生産工程とのギャップが出て余剰在庫の保有

なり、そうなれば会社は無駄な資産を持つ。

物によって持つだけで邪魔になるものもある。

 

そこで、最低何個になったら何個発注するか。

または想定外の使用数と工程に支障をきたす

リスクのバランスを取り最低在庫を保有する。

この二つを品目ごとに設定して、なくなること

や慌てて発注するリスクをなくした。

 

なので、想定外を超えて想定外のことには

"柔軟に"対応しようと考えていられる。

 

何か判断や定量化が必要な人・物・お金の

動きに対して身構えることは誰しもが行うが、

一年中柔軟でいる事は、いい加減なのと同じ。

 

動きや流れを捉えた上で、どうするべきか

という指針を持つこと。その指針を自分の行動

に当てはめ続けることで、自分のルールができ

ルール外の出来事は出会ったその時考えよう

と想定外に対してリラックスして臨める。

 

私自身が冒頭に述べたように現在は、

今日の今の段階では、自分で培った行動指針や

周りに支えられる環境の中で柔軟さを保って

いる。時の流れや環境の変化でいつまた

予想外だらけの日々になるやら分からない。

 

もしそうなったとしても柔軟でいよう。

柔軟な対応が難しい環境にいる人のことは

できる限り助けて差し上げれるよう、

自分の視座を高め続けたいとも思う。