DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0226_マレーシア渡航後の娘の変化

 

娘が2019年9月1日、マレーシア航空53便にて

愛する父(私)と母と、1歳になったばかりの弟と

みんなで平和に渡航し、クアラルンプール郊外

の新居に移り住んでから1ヶ月が過ぎた。

 

9月1日には近くのショッピングモールで

寿司を食べて、様々なフルーツが並ぶ商店を

歩いたことがとても思い出深く気に入ったらしく

マレーシアが好きかと聞かなくても

マレーシアが好きだと言いながら生活を

営んでくれている。私にはとてもありがたい。

 

長男はまだ1歳なので、目の前に食べ物があり

母がいて、眠い時に寝て汗や排泄の世話を

してもらえるのであればどこでも喜ぶだろう。

しかし私は娘が慣れるのに時間がかかるか

少しだけ心配していたのである。

 

前評判は、あの子は明るいからどこに行っても

すぐに友達を作るでしょうとみんな楽観的な

観測をしてくれていたため、私も妻も、

多分大丈夫だろう、と別段何の対策もせず

ただポジティブにもネガティブでもない

気温や環境の無機質な情報を与えていた。

 

心配はたちまち吹き飛んだわけだが、

結果からすると、慣れるのにかかった時間は

10分だったといえるだろう。初めて通った

学校のオリエンテーションで、妻の手から

離れて教室へ入り、10分後に出てきた時には

もうできた友達と手を繋いで笑っていたという。

 

さて、娘は運良くスムーズにマレーシア生活を

開始できたわけだが、毎朝・毎晩話を聞きたい

私は仕事の繁忙が手伝って、会う時間がない。

 

父は忙しく、いるのを見たらラッキーだと

娘は幼心に感じているだろう。

 

そんな娘と私は全く会えないことを転機に

家の中で文通を始めてみたのでそれを記録する。

 

といっても、私からは簡単なメモを朝残し

娘は覚えていれば私に向けた絵を描いてくれる

というもので、とくに取り決めもなく勝手に

始まった。その娘の絵に驚かされている。

 

色彩が、日本にいた頃よりも鮮やかなのだ。

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笑っている太陽や、虹や花。

女の子なのでありきたりな絵なのだが

あの内容はともかく、日本にいた時と

色使いがここまで変わるのかと妻とともに

驚かされている。娘は今、幸せなのだろう。

 

日本にいる時から絵は好きで、色彩も豊か

だったが、1ヶ月で豹変することはなかった。

 

子どもの心境の変化には大きな力を感じる。

忙しく会えないことそのものは申し訳ないが

私も娘も、お互いがエンパワーし合えるような

良い関係でい続けたいと感じている。