DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0282_トイレットペーパーがない

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2020年1月から3月3日現在まで世界中で

話題になっているコロナウイルス

更には全く関連しないようなトイレットペーパー

が薬局の店頭からなくなるというニュース。

 

私はマレーシアに住んでいるので、

YahooニュースやTwitter、ラジオのVoicyなどで

日本で起きていることを日頃見聞きする。

 

そして、日本特有の問題を目にするのだ。

①トイレットペーパーが店頭からなくなり騒ぎに

②ドラッグストアの店員さんがそれをお客に謝る

この二つのプロセスは非常に日本的だと感じた。

 

まず、マレーシアでもトイレットペーパーの

デモが流れたらなくなる可能性はある。

しかし、国民の七割のムスリムは、トイレットペーパーが

なくても健康な左手さえあればことたりる。

 

トイレットペーパーが在庫切れでなくなり、

みんなが困ってそれがニュースになるのは

 

・適正な在庫を準備している企業側努力と、

・各家庭にも適切な在庫を持つ個人の思想

 

この二つが機能しているから起こり得る、

つまりニュースになる価値があるのだと思う。

 

東南アジアのゆっくりとしてありのままを

受け入れる姿勢は、(偏見もあるが)この通りだ。

 

1.なくなったら買いに行く

2.買いに行ってもない

3.気にしない

 

これを日本人が見習うべきだとは決して思わない。

気にしないことが何か他の災をもたらす

かもしれないと日本人なら推察できるからだ。

 

次に、マスクやちり紙の在庫切れに対し

店員さんが在庫切れを客に詫びるという姿勢。

 

これは今後変わっていく文化だと思われるが

日本にもまだ在庫切れを客に詫びれるだけの

立派な日本人がいるのだな、と私は感心した。

 

働くことに無気力で、ただ勤め先で限られた

役割を担うだけが「仕事」な人なら、

謝る姿勢も見られないだろうから。

 

マレーシアなら、立派な薬剤師の資格を持った

店員さんでさえ、「在庫がないのは在庫担当

の人間に確認してほしい」と考えるだろうし、

ましてや在庫がないことを店員さんに対して

怒りの感情を表せる人間は多くない。

 

そこにないんだから、怒鳴っても出てこない。

それはよっぽどひずんだ認知を持ってない限り

冷静に考えたら分かることだ。

 

しかし、日本人にはいまだに、

コンビニであれドラッグストアでさえ

自分は来店した立派な客なのだ、という

立場を認識するたちがあるのだと考察する。

 

良い点も悪い点も見られるが、

トイレットペーパーのニュースに関しては、

買い占めをしている人間を洗い出して世に

公開して恥を知らせる、または悪い行いを

したとして裁くようなこともせず、

ただ「みなが万全に備えられるよう」

「本当に必要とする人がいたら助けたい」

という息吹を持ってみんながこの情報を

扱っているように感じる。

 

いつも言うが、私からすると勝手にしやがれだ。

 

ただ、誰かを思いやる人がこのニュースに

関わっていることで、その息吹を感じることが

できるし、また私のように、大衆と共に些末な

騒ぎ(増税とかトイレットペーパーとか)で

自分の方針を考えさせられるようなことを

避けたいなら、安心できる在庫を持つか、

大切なものがなくなってもなんとかできる

(たとえば手で尻を拭くなどの)技術を身につけて

備えることだ。ニュースは使えるものだけ

使って自分の人生を豊かにすれば良いものだ。

 

みんなと一緒になって不満を口にしたり

自分の至らない様を露呈したりするために

あるのではない。