DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0289_マレーシアの活動制限令

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COVID-19(新型肺炎コロナウイルス)が猛威を奮う

2020年初頭。マレーシアでの3月20日の記録。

 

私が日本から赴任先のマレーシアに再入国した

2020年の1月6日には、コロナウイルスという言葉は

少なくともニュースに疎い私の耳には入ることもなく

実際に流行病の存在として初めて聞いたのは、

ベトナム出張、タイ出張を経た2020年1月20日

前後だったと記憶している。そこから2ヶ月過ぎた

2020年3月20日時点で、私が住むマレーシアは

活動制限令の対象期間に入っている。これは

3月16日に政府が突然行った声明だ。

 

3月に入り日本で学校が突然閉鎖された

知らせから約2週間後にあたる3月16日。

マレーシア政府も、Lock downと巷で言われる

"閉鎖"に踏み切った。私はニュースの背景に対し

何の知識もない。なぜなら3月10日から15日の

夜遅くまでを出張先のタイで過ごしていたからだ。

 

3月16日は代休をとって、一日ゆっくり過ごした。

 

そんな中、スーパーで異様な光景に遭遇した。

レジに長蛇の列ができ、卵や米をあるだけ買おうと

する現地マレーシア人を多く見かけたのだ。

(他人の動きに極めて無頓着な)私ですら

「これは何か起きているに違いない」と

胸の奥で異様な寒気を感じたような日だった。

 

その後、勤務先の社長から電話連絡があり

「おそらく政府からロックダウンの発表がある」

と知ったのは3月16日の19時頃だった。

 

運良く月曜に代休で休みを取っていたことが

有効だった。肉も野菜もトイレットペーパーも

十分に購入できたし、何より来たる大混乱に

家族と共にいられた。それが何よりだった。

 

活動制限令は発令されると同時に

マレーシア国民に混乱を与え、混乱は混乱を呼んだ。

 

私が属しているいくつかの在マレーシア日本人

コミュニティにおいても、闊達な最新情報が

LINEやGmailを通じて多様に伝達され、

これから世界が変わるかのような雰囲気になった。

 

そして、私の勤め先を含む、多くのマレーシア

企業・学問機関・政府機関は活動を制限され

州をまたぐ移動も制限される措置となった。

 

事実を記録したまでだ。

今まで、暇があれば仕事のことや余暇のことを

考えていた私にとって急に仕事が休みになり

店が閉まり、情報の上流工程にいる人たちによって

株価の下落や他地域での移動の制限が伝えられる。

 

航空会社は欠航情報を流し、ホテル検索の

アプリケーションなどでは春の最も活気付く

京都のホテルですら、3000円代で見つけられる。

 

異常な状態だ。世の中は常に大きな流れに

沿って動いているし、自分の力で何ともできない

ことは少なくない。しかしここまで急速に

世界経済が停滞することは数ヶ月前までは

全く予期できたものではなかった。

 

自分も運が悪ければこれから淘汰される側

なのかもしれない。混乱が混乱を呼ぶように

心配もまた要らぬ心配を呼ぶものだ。

 

ここは努めて家族や友人たちと絆を深めて

来たる時代に備えよう。