DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0263_技術者としての海外旅行②

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忙しい出張の隙間時間にこの

ブログの更新を試みている。今私はタイに

来ており、3件の修理に8日かけて旅行をしている。

 

過去にも記録をしただろうが今一度、

私がどの経緯で技術者になったかを記録する。

 

前置として、私は海外旅行が好きだ。

移動が苦にならない。いつも、ここではない

どこかへ行ってしまいたいという潜在意識がある。

幼い頃はもちろん引っ込み思案だったが

母からは家の中でじっとせずに外で遊びなさい

と怒られたことがある、そんな人間だ。

 

"海外営業をやれば世界を意のままに飛び回れる"

という幻想を抱いた私は大手通信事業者の

温和で平坦な派遣社員を辞め、メーカーに

転職してあれこれ経験させてもらった末に

海外営業になった。しかし、その中での旅行は

私が"意のままに"と思ったものとはかけ離れ、

"上司指示"や"お客様の依頼"なしに動けない

ましてや意のままに動いたところで営業という

職種では機械屋や電気屋に下に見られる

(専門用語が分かっても自分の手を動かせない)

ところが無性に悔しかったのだった。

 

そのうちに上司や渡航先のパートナーから

あいつは指示通り動かないというレッテルを

明確に貼って頂くこととなり、あわや解雇か?

というところまで追い込まれた。無論、

金を好き勝手使ったことも、決済のない

見積もりを出したこともない。ただ、

"人の言うことを無心には聞けない"という

厄介な特性があらゆる業務の邪魔をした。

 

例えば、出張でお客さんの工場に出向いた時

大人数で長く終わりのない、着地点がない

商談なのか時間潰しなのか分からないような

会議で、普通のサラリーマン営業なら黙って

席にいてお茶を濁すのだろうが、私は

現場の機械見てきていいですか?と中座し、

勝手に採寸し勝手にカタログからレイアウトを

考え、勝手に商談のシャドーファイトを

するような本当に自由な立ち振る舞いだった。

それは、個人事業がやるようなことだった。

 

上司からのマネジメントは、"徹底的な管理"に

等しく、航空券取得が特に苦痛で仕方がなかった。

新米営業だとしても1時間あたりの労働コストは

1万円ほどになるだろうところを、

航空券取得の2000円の金額差のために

何社も相見積もりを取って決裁を伺って、

物を売る営業の仕事に一日集中できるまでに

この上司をどこかに売り飛ばさなければとすら

考えたほどだった。そしてそれは甘かった。

 

上司は今考えてもとても優秀でそつがない。

その上司からの理論的で事実に基づく密告により

私は突然の部署移動を余儀なくされたのだった。

 

そして、工場で機械組立の仕事をするように

なった。半分以上、これはクビと同じ扱いだ。

 

ところが、映画ショーシャンクの空に

をよく見ていた私は、刑務所に入るよりは

全く自由だ。ここで好きなようにやろう

ということで屈強な男たちの輪の中に溶け込んだ。

 

そして、念願の技術者になったのだ。

イラストレーターなどと違って、技術者の

世界は免許を持つことで一定の価値が生まれる。

自称、ではクレーン操作や電気工事はできない。

できないし誰もそんな人に仕事を頼まない。

 

そんな中会社からはクレーン玉掛けの免許や

重たい画面をサクサク開けるパソコンの貸与、

みんなで使う消耗品管理の仕事を任せられるなど

工場で2年間、人事的に最高評価を得た。

 

だから結局は負けん気さえあれば最後には

打ち負かしたい対象(元上司)すら追い風になって

自分が高みにいく喜びを得られると知った。

 

ただし突発的な負けん気ではだめだ。

静かでゆったりとした、揺るぎない負けん気だ。

 

次回その後マレーシアへ渡って

今までの苦労がどう好転したかを記録する。