DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0188_相互性に気を配る大切さ

私の趣味は"反面教師"なのかもしれない。

一番良さげに言って反面教師で、悪く言えば

人の粗探しをするのが癖。それが私である。

無論おおっぴらにすることではないのだが

妙なことにこそ価値があると信じ、記録する。

 

今回取り上げたいのは、会話の中に保たれる

相互性について。お互いを思いやる気持ちと

自分の引き出しから言葉をどう出すか、だ。

 

会話がスムーズにいかない人を日本よりも

マレーシアの方が多くみる気がする。

先般拝読した「愛するということ」という

エーリッヒフロム著の言葉を借りれば

愛するということは技術で、訓練が可能だ。

 

愛がない、相互性がない。多様性なのかも

しれないが、私から見ると訓練不足な人種、

いわば「人と共存しづらい人種」である。

長いので便宜上、以下"難共人"として扱う。

 

難共人の方々の典型的な会話の思考回路は、

相互性への配慮の欠如である。

 

私が好む会話のやり取りは、主観だが

① 相手の情報を耳から仕入れる

② 相手を思いやる

③ 自分の頭の中の引出しから言葉を探す

④ 選んだ言葉が適切か言う前に確認する

⑤ 相手に言葉に出して伝える

という思考プロセスがある。

 

ありがとう、

いいえどういたしまして。

 

その簡単なやり取りでも①〜⑤のプロセスを

経ている。これはあくまで私の思考回路だ。

私と波長が合うと感じる人なら同じ思考だろう。

 

ところが、難共人たちはこのプロセスの中で

②と④をスキップしてしまう傾向がある。

単純にいうと思いやりと言葉選びについて

慎重にしなければならない感覚が抜けるのだ。

 

典型的な例として先日あった例。

 

外出を共にした(年上の)ローカルスタッフに

13:30になってもまだ昼食を取っていなかったため

腹が減りました、と私が伝えたところ、

ほぼ即答でこう言ったのである。

 

「俺は大丈夫だ、ところで知ってるか?

  腹が減ったまましばらく過ごした方が

  健康にいいんだぞ」と。(英語で)

 

こっちは健康的でいたいが腹は減ったのだ。

 

まぁいいかと思ったところ何が食べたいかと

尋ねられたので、早く仕事に戻りたいので

マックのドライブスルーがいいと伝えたところ

マックは体に良くないからやめておけ、と。

相手は60歳過ぎなのでこれは仕方がない。

むしろ相手に配慮がなかったと反省した。

 

では、何でもおまかせしますと言い

しばらく道を走ると高速道路のサービスエリアに

入るよう指示され、到着した。そこには

いくつかの店があり、ここが名店だからと

おススメして下さったところで昼食を摂る。

 

空腹は満たされたのだが何の名店だったのか

気になって、よく来るのかと尋ねたところ

10年前に来たことがあるかないか、だと。

 

こうなると私のモヤモヤのトルクガードは

飛び、空転している。もはやなんでやねんという

想いすら持つことがない。

 

最後に腹が減ったままで過ごして健康でいるのは

試したことがあるの?と尋ねたところ

何の話だ?おれはニュースを見ただけだ、と。

 

この方はズレているが、悪意はない。

別に私を何か悪いことに陥れようという

気はないのだ。私の行動や言動を見て、

自分の引出しからわざわざ言葉を出してくれる。

 

先述の②と④に比重が置かれるのが日本的で

ややもすると"慇懃な沈黙が金"という、

海外では少し失礼な態度になることもある。

 

明確な線引きや答えがあるわけではないが、

これは英語ができるからといって会話が誰と

でも出来るわけではないという典型的な原因だ。

 

やはり相手を思いやる気持ちとその行動が

発する言葉にも増して相手の胸を打つ。

そして言動よりも態度で示す方が難しい。

やはり愛は何たるかということを学ばなければ

とっさの行動や言動でヘマをするのである。

 

私は自信がないのでとにかくたくさんの

本を読むことで引出しの中に美しい言葉を

ためている。これはきっと良い習慣だ。

 

そして人と話すときは、なるべく

相手の言葉を最後まで聞いて、聞きながら

②と③の作業をせわしなくした上で、

最後まで聞くや否や④、矢継ぎ早に⑤!

ということで相互性を保つようにしている。

 

それをやった上でズレる相手は気にしない。

リズム感が合う!嬉しい!という人とだけ

とことん世界観を深めていくのが楽しいのだ。

 

このブログは拙い文章だが、

スピード感と情緒にかけるところがあるので

音声メディアとしてもいつか発信してみたい。

 

そして出来る限りの厳しくも

日本的なフィードバックを頂いて、

自分の日本人としての誇りを保ちたい。