DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0280_人事部長からの電話

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2020年。2月末の記録。

この時期、日本人駐在員は多少だが気を揉む。

 

それは少なからず周りの日本人の「帰任」の

情報を受け取るからである。

 

日本人にとってマレーシアが住みやすいことは

私が説明するまでもない。ましてや駐在員と

なると、いつまでもいてもいいかもと誰もが

思ってしまうほどこの国の雰囲気は心地良い。

 

会社から派遣される駐在員には大きく2種ある。

任期が決まっている者と、決まっていない者だ。

厳格に決まっているかどうか、とも言えよう。

 

大半の人はビザは2年だけど1年か3年か5年か

はっきりとは決まっていない。前任者は◯年

いたので…というようなもので、

当たり前だが誰も未来は予測できない。

 

そこが会社員の抗いようのない環境的側面で、

どんなに現地に必要とされても駐在なので

いつかは赴任地を離れる日が来るのだ。

 

私は初年度が終わることを目前に控えて、

もう3月になるのだから1年で帰らされることは

さすがにないだろう、とタカをくくっている。

 

そんな中、人事部長からの電話があったのだ。

工場で作業に没頭していた私は着信に気づかず

2時間ほど経って折り返しの連絡になった。

 

「もし自分が急に帰任になったらどうしよう」

という不安が、おもいがけず頭をよぎった。

 

私の周りには、今年度に赴任したが一年未満で

帰任が決まった方(日本人)がいた。

 

数年いらっしゃったが帰任されるという方も

多い。他人の帰任の知らせは寂しく思うし

自分が経験してまだ日が浅い、海外引越しを

されることを思うと労わずにはいられない。

 

いつかは自分も、「この春で帰任です。」と

会社から決定事項を告げられる時が来る。

 

しかし理想は自分から「もう帰任させて」

というまでは、マレーシアで活躍を続けたい。

 

忙しく目の前のことに一生懸命に

やっていればいるほど、その活動に

区切りや終わりが来ることは分からない。

 

春は特に動きが大きく、大きな動きというのは

小さな兆しの積み重ねが作るのだ。

会社員だから会社に従う他ない、と捉えるより

職責を果たし続け、また仲間と喜んで働き続け、

赴任地や共に仕事をする仲間選びは自分で

デザインできるようなキャリアを歩みたい。

 

企業は社会のために存続し続けるものだから、

個人では生み出せない、企業というジェット気流

のような大きな流れにうまく乗っかって

どこまでも飛び続けたいのが私の職業観だ。

 

ちなみに人事部長からの連絡は、

社長と面談するのは電話会議方式がいいか、

帰国時に面と向かって時間を取るのがいいか

という、非常に強く心遣いを感じる内容だった。

 

一瞬でも自分は帰任になるのか…?と疑った

自分はまだまだ甘い。ベストを尽くした上で、

基本的には勤め先の配慮を信じよう。