DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0183_文章を読む力をつけよう

2019年6月13日のVOICYイケハヤラジオにて

「人間はテキストを読まなくなってきている」

という放送を読み、いたく共感・感心したので

その想いと自身の行動について記録する。

 

まず、感心したのはその着眼点である。

多くの進んだ考え方を持つ人と同様に、私も

音声コンテンツの将来性はかなり期待している。

 

先日ボーナスを頂けたのでワイヤレスイヤホンを

購入し、明らかに生活が変わった。

携帯電話を携帯しなくて良くなったのだ。

 

VOICYやiphoneの好きなラジオを拝聴しつつ

洗濯や洗い物、歯磨きなどができる。

私は現在家族を日本に残し単身赴任なので

ひとりのシーンとした時間にこうして

耳から善良な人の声を聞くことができるのは

大変ありがたい。刺激になるし、心が安らぐ。

 

中には今本当に知りたいことや感じたいことが

ラジオから偶然入ってくることもあり、

側から見ればただ黙って皿を洗う中年なのだが

頭の中は少年のようにワクワクし、近い未来の

楽しい行動につながったりもする。

 

さて、イケハヤさんのラジオの内容はそのまま

人間は文章を読まなくなってきているというもの。

ブログを書いたりYoutubeを撮ったり

また事業展開も先見性のあるものを次々と

関心を持って自分の生業に取り入れていらっしゃる

イケハヤさんがおっしゃるので、疑う余地はないし

自分がVOICYで情報を散文的に聴き始めてから

いつのまにか生活の一部となり楽しみとなり

有用な情報源となったことから、私も少なからず

文章離れが進んでいるのだろうと感じている。

 

だからこそブログを急に始めたのかもしれない。

 

情報収集にせよ遊びにせよ仕事にせよ、

何でも手軽に始められることは良いことだ。

しかしながら古くからあるやり方の踏襲なしに

現在の豊かさを真に知ることは難しい。

 

例えば昔はメガネが嗜好品のように扱われ、

高額で数奇なものだったが、現在はすぐに安く

手に入り、誰でも手軽に生活に取り入れられる。

 

一度豊かさを享受すると、大きなショックが

ない限り逆行しないのが文明で、文明など

考えもしなくても次から次に新しいモノや

情報が手に入るのが現代社会である。

 

私がこうして無駄かもしれないと思いながらも

思いの丈を文章に出力していることは時代錯誤

で、誰の目にも留まらないかも知れないが、

逆に言うとみんなが辞め始めたことを続けるのは

それだけ胆力が身につく活動にもなる。

 

また、読むと言う意味では、自分がブログで

徒然なるままに文字を起こすことで、他人の

文字表現から新たな気づきを得る機会が増えた。

 

知らない漢字の読み方を調べたり、

その日本語は正しいのか?と調べたり

自分が間違いたくないという意思がブログで

文章を作る前よりも強くなった実感がある。

 

子育てに関してはどうか。私には4歳の娘と

0歳の息子がいるが、彼らは間違いなく教育の

中で動画やソフトウェアを使うことが私の

義務教育期間よりも増えるだろう。その代わり

文章理解に関する教育の時間は私のほうが

多かった、ということになる未来を見込んでいる。

 

あまり教育については強い方針はないが、

美しい日本語と正しい日本人としての行いを

幼い頃に身につけてほしいという思いがある。

 

現在は娘が素読に挑戦中だ。小学生を対象とした

教材で、ふりがなをふってある漢字込みの

文章を音読する4歳児を見ていると、先のことは

読めないがこの子は賢明な生き方をするだろう

と妙な自信が湧いてくる。無論、始めたのが

1週間前ほどなので、続けることは最も大切だ。

 

文章を読む力。忙しい社会では寝る前や

仕事や家事の合間など、本来休むべき時間に

読む時間を持つ現代人の姿は殆ど忍耐力の

有無で読書量も変わってくるように感じる。

 

もちろんやりたくなければしない方がいいが

やりたくても易きに流れ、それに不満なら、

耐えて耐えて習慣になるまで耐え続けて、

好きな文章を読む時間を生活の中に残したい。

 

日本語は本当に美しい。

それが誰かにとって身に染みて理解頂けたなら

このブログの価値はそれ以上にはないのである。