0236_自己肯定感について
僭越ながら私は自分に自信がある。
周りからの評価は普通中の普通ということを
正しく理解しつつも、揺るぎない自尊心がある。
最近、ビジネス書やSNSで"自己肯定感"という
単語がよく見聞きされるようになっている。
おそらく今まではそれがなくても生き残れた
が、必要とされ始めたということだろう。
私はその意味で一年の気分を平準化すると
自己肯定感は高い部類に入ることだろう。
自己肯定感は私にとって“土台"だと思う。
土台がしっかりしていればその上で何かを
築く活動がしやすく、たとえ崩れてもまた
建てていける理屈が合う。逆に土台が
しっかりしていないと何を建ててもぐらついて
崩れたらまた土台から見直しが始まる。
そう、自己肯定感と土台の関係は重要だ。
ここでもし話を終わると抽象的なので
その土台をどう捉えるかを考える。
土台は、まずは人間関係だろう。
人間関係の構築に自信はなくても、
注意力を払っている人であれば、何か失敗や
挫折が待ち受けているとしても人間そのものを
不審に思うような心配は少ない。
愛すべき家族、助け合える仲間、恩師、弟子。
大切にしている人間関係の幅そのものが土台だ。
誤解してはいけないのは「誰かが助けてくれる」
という感覚は土台にならないということだ。
助けてくれなかったら、どうしようもない。
助けて欲しいと思うなら、まず自分が助けた
経験や、助けたい意思表示を日頃からしているか
ということが鍵になる。
自分に何もなくなってしまったその日にでも
その人のために何かしてあげられるか。
相手に慈しみを持ち続けることが重要だ。
してもらえないと自分もしない、ではダメだ。
次に、金銭だ。
これはキャッシュフローと言い換えたい。
つまり、入ってくるお金と出ていくお金の
差し引きが安定してプラスになっていて、
そのモデルを人や企業に依存していない状態だ。
私のように海外駐在となると、その期間の
金銭面での土台はかなり盤石になる。
しかし異動で帰国した暁にはまたその土台は
日本ベースに引き戻される。よって今の私の
金銭的な自己肯定感の土台は一時的なもので
自己肯定感そのものもいつまでも高止まり
することはないだろうと自覚している。
この、人間関係と金銭面での工面は
自律して築き上げるしかない。自分のことだけを
考えてお金をたっぷり準備し続けられるような
自己肯定感の土台も良いし、金銭的な裕福さは
半ば諦めているが地域や組織で持てる
人間関係が未来に渡って自信を持てるものだ
という自己肯定感の土台でもよい。
"何かあって全損してもそれは残るから。
だからくよくよしなくてもよいのだ。"
という自分を安心させる土台づくりをする。
今世の中が注視している自己肯定感は
その土台の上に築かれるものであるはずだ。
何より、自分ばかり見ていてはお金も人間関係も
ついてきてはくれない。いかに近しい周囲や
社会全体と自分の関係性に心を持つかである。
言い換えれば、周囲への肯定感こそが
自己肯定感へつながると考えてもよいだろう。