DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0165_酒に酔う哀れな日本人

なぜイスラム教は禁酒なの?ということを、

なんでも気軽に話せて、かつ回答がいつも

数字や宗教的理論にきちんと基づいている

1人のムスリムの同僚に尋ねてみた。

 

彼曰く、飲酒はイスラム教徒ではかつて許された

時代もあったが、酒に酔った人の事件があって

それを神が許さないことになったらしい。

 

その、らしいというのは親から聞いたのか?

明示する言語化されたレファレンスがあったのか?

とすかさず問うと、やはり教典に書いてあるらしい。

 

私は自由な旅人なので、レイブも葉っぱも

弱い奴は勝手にやればいいし、それを肥やしに

して金儲けする輩がいても別に非難しない。

 

ただ一方では自由でゆるい生活を持ちながら

職業はがちがちのエンジニアリングだ。

 

良くないことが起こればその問題を根底から

調査して再発を防止する。再現性の高い問題は

業務フローや機械設計を見直し、改善する。

 

その観点から見ると、日本でも一定数の年齢や

所得水準を対象に、禁酒のルールを施しても

おかしくないんじゃないか?と考える。

 

お酒がきっかけで開放的に物事を考えたり

人との関係性を好転させたりすることは美しい。

 

しかし人が傷つくきっかけ作りとなることも

往々にしてあるのが酒文化奥ゆかしい所以である。

 

酒を機に傷ついたことはその後の人生で

用心深くなったりまた出会いを得られたことで

考え方が前進したり良いこともたくさんあるが

ムスリムの連帯責任としての禁酒を見れば、

私たち日本人は酒に酔う哀れな人種である。

 

日本を紹介する際は飲ミュニケーションを

ドヤ顔で語るのはこれからは避けておこう。

 

ムスリムは豚はNG,牛と鶏はOKとなっており

その認識は世界を旅する日本人たちにとっても

"知ってるよ"という感覚かもしれないが

私がともに12日旅をした敬虔なイスラム教徒は

旅の道中で鶏すらも口にしなかった。なぜか。

 

ハラルというのは鶏の喉をかっ切る時に

唱える宗教的な祈り?があるらしく、ただ鶏

であるからといって神が許すことはないのだ。

 

その感覚は、私たち日本人からすると異様だ。

しかしながら彼らは平和を願うから従っている。

 

平和を願うのに酒に酔ってストレス発散したり

良くない行動をとったりするのであれば

もし私が神ならばその人間の喉をかっ切って

どう猛なは爬虫類のエサにでもするだろう。

 

ともあれ、自由が加速する時代に

私たちは生きている。生き様を選べる時代だ。

利他の心を忘れ人生を謳歌することもできる。

 

私の会社にも周りにもいないが、

近年良く目にするブログやSNS,Youtubeには

一定数の哀れな日本人が跋扈しているのだ。

 

彼らを変えることは重要でないが

哀れだなという視点を持てる日本的な若者が

私に続いて現れることを私は期待している。

 

その同僚が12日ぶりにKFCを食べている姿は

人間の心の在りようをみているようで

本当に興味深いひと時であった。

 

安易に我慢するのは良くないが、信念を持って

自分の選択をする姿勢をムスリムから学ぼう。