DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0237_今日やれることは明日もできる

明日やろうは馬鹿野郎だ!と。

大学を卒業して初めて勤めた営業の仕事で

先輩から教えられたことを今でも覚えている。

 

今日できることのすべてをやっておいて

それでも明日に営業の仕事がうまく身を結ぶか

など分からない。今日やらないで明日に回して

明日新しいチャンスと重なったらどうするの、と。

 

おっしゃる通りだったので毎日その日にできる

ことと翌日にならないと非効率なことは

考えて行動するようにしてきた。

 

ところが、だ。

マレーシアやタイで仕事をしていると

みんな簡単に言うのだ、明日やろう、と。

 

冒頭で述べた明日やろうは馬鹿野郎の観点から

判断すると、こいつら馬鹿なんだろうかと

思ってしまっても仕方がないような感覚だ。

 

ましてや急ぎの仕事や、今日やらないと明日

大変なことになると分かっているような準備

ですら明日にやろうと言って、帰る。

 

あまり言うと愚痴になるのだが、どんな感覚で

いたら明日に仕事を回せるのだろうと

不思議で仕方なかった。そして考えた。

 

彼らは、今日やれることは明日もできる。

と考えているに違いない、と。

 

今日やるか明日やるかなど、所詮時間を

どれほど重要に扱うかの違いだけであって

遅れてもできるのであれば時間以外の

結果は同じだ。もちろん、日本人的に考えたら

早く正確にできることは美しいし、

それ以外の言い訳は見苦しい。

 

しかし受け入れるためには彼らの基本となる

指針を知っておくことが大切だ。もちろん

中には私よりも時間の感覚がするどく厳しい

東南アジア人もいる。器用で甘えのない人間は

明日やろうなど言わなくてもその日に

すべきことを完結できる能力がある。

 

彼らとて疲労が溜まったり行き詰まった時

または単純に帰る時間が来た時は帰る。

 

日本人のように仕事の納期を基準にし

納期を守るためなら親の死目にも会えない

というような感覚は彼らには全くない。

 

私は、世界の経済は好転している分、未来は

ギャップが小さくなっていくと考えている。

 

彼らのように明日やればいいやという感覚は

いずれ発展とともに許されなくなり

日本人のように無理してでも仕事を完結させる

という感覚は鈍化していき、バランスが生まれる。

 

大切なのは"過去の偉人たちは少なからず

そのギャップの端っこで死に物狂いで働き

なんとか作品や世界観、品質を作り込んだ"

という歴史を肌身で感じることだ。

 

東南アジア人がゆるいのも今のうち、

日本人が命がけで働けるのも今のうち。

 

何か極端なことはいずれ中心地に向かっていく

だろうととらえるのが私が陥りがちな楽観主義の根源になっている。

 

長男がこの文章を大人になって読んでくれる

としたら何のことなのだろうと思うだろうが

父は今ゆるく怠けがちなアジア人のなかで

ピンピンにとんがって日本品質のものづくりを

するのに奔走しているのだ。

 

そうやって未来を作っている。