DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0322_楽しかったという意見

f:id:DAZAIFIC:20200521134034j:image

 

よく、"自分がお客さんではダメだ"と考える。

 

テレビを見ていて、どうやったら番組を

作れるのか、どうやって司会を進行するのか

どんな原稿や台本が、照明が、スポンサーが、と

自分が手がけるつもりでテレビを研究するのは

テレビを見る価値が大いにある。その先には

業界の仕組みや利益追求の実態を学べるからだ。

何よりテレビ番組を作る側のドラマがある。

 

気をつけないといけないのは、大人になって

テレビをぼーっと見ていても、あるいは

テレビをみて「勉強になった」の気持ちを

持つだけで、具体的な行動をしないでいても、

誰もその生活には苦言を呈してくれないのだ。

 

私は今、東京のとある企業主催プロジェクトの

参加メンバーの一員になった。それは参加費を

払わせてもらう代わりに、とある音声業界の

とあるコンテンツづくり・開発の挑戦における

担い手になるチャンスをもたらすものだ。

 

そこに参加したたくさんの仲間もいる。

これだけ考えると、とても「楽しい」のだ。

 

中には有益な情報と利他の心を持っている

"つわもの"もいるように思う。尊敬できる人との

出会いはお金には変えられないので、とてもその

出会いの一つひとつを、日々嬉しく思う。

 

ところが憂いていることもある。「楽しかった」

という感想だけで、終わりたくはないのだ。

 

しかし「みんなで楽しくやる」ことなしに、

チームで製作工程やその成果を存分に味わえる

ことはない。作るものが形あるものならば、

数値、図面、物理などである程度"デザイン"に

落とし込み、正誤を議論しやすいところだが、

形のない、人が耳で聴くコンテンツを、さらには

実際に会って顔を合わせることのない仲間と

それを生み出そうとしているのだ。

 

私の今の仕事は、機械や部品、技術者たちと、

対面で向き合って製品の質を上げることであり、

"Slackで参考になりそうな事例のURLを送り合う"

ようなものでは、決してない。

そんなことは苦手で、職人の道を選んだ。

 

しかし今やろうとしているのはまさに

伝わるか伝わらないか手探りで探し求める

"言語ゲーム"であり、"面白いことをやる"

という私が職能的に苦手とする分野なのである。

(私は、仕事や成果が面白いかどうかより

目に見えて実用的な機械を作る道を選んだ。)

 

それでもほとんど本能的にこれは今挑戦すべき

テーマだと直感が働いた。おそらく間違いはない。

 

5年もすれば、インターネットを介した音声が

生活の中でもっと活躍の場を広げていると

信じている。そうなるとより生活は愉快でかつ

便利で、人の持つ温もりも感じやすいのだ。

 

私がものづくりの現場で働き続けたい理由は

単純だ。誰かの役に立つ、世の中で長く使われる

機械を自分の手で作り出すということに

魅了されてしまっているからだ。辞められない。

 

それに置き換えると、「音声コンテンツ」には

大いに可能性や恩を感じているし、そこに

自分の力を預けたい。その業界が人手を、知恵を

必要とするのであれば、自分で持ち合わせる力は

どうか繁栄のために使って頂きたい。

 

そんなことで挑戦は続く。

楽しかったです。で終わってしまうかどうか

3ヶ月後のプロジェクト終了の時の自分に、

今こうして釘を打っておきたい。

 

必ず前進しろ、そして受けた恩を返せ、と。