0065_突然変異はゆっくりやってくる
突然変異というと、何を思い浮かべるだろう。
突然変異とは、遺伝物質の量・質が変異し、
生物学的に新たな状態になるという言葉だ。
遺伝子状態が新しい状態になるということは
学術的には個人に対してあてる言葉ではない。
しかし、私はこの突然変異を人に対して
使いたくなる体験を今年にした。
豹変、ひょうへん。という言葉があるが
これはどちらかというと態度や言動が
表裏逆になるようなもので、ある人が
芯から改まる際に使う言葉ではない。
今年は勤め先の工場で、指導的な立場になる
ことが多くあった。入社7年32歳なので、
まだまだ中堅で、役職も所属長ではなく、
日本的な管理者ではない。同じ目線で働く
同僚の一人として、相手に一から技術を
教え込む、ということを経験したのである。
Y君という、今年高卒で入社した男。
彼はめっぽう人気がない性格の持ち主である。
理由は、粋がる、人のせい、否定的。
彼と同期の後輩がこう話すのを耳にした。
製造現場で製品の不良情報が矢継ぎ早に
危機感とともに人から人へ伝播するように
あいつはちょっとヤバい新人だと4月中には
情報が回ってきていた。
新入社員とは基本的に距離を置く私は
彼と直接会話をせざるを得なくなるまで
2ヶ月間ほどあったので、6月から12月まで
約半年間彼とともに仕事をしたことになる。
所属チームが同じになったのは7月だった。
私は彼と初めて会話をした段階から
こいつは評判悪いが、投資対象としては
かなり優良。有力な一人だと見抜いた。
高校で自動車部に入部し、車を買う夢や
昔触っていた無線をまたやりたいと言う姿、
また地域の消防活動に参加している点など
人として弱いが、善人だと判断したのである。
そんな彼を指導して泣かせたこともあった。
http://dazaific.hatenablog.com/entry/storyofafreshboy
その指導や彼の頑張りで突然変異が
起きたことを仕事の最終日に確認した。
3ヶ月前、彼に機械のシール貼り作業を頼み、
慣れた私なら5分で出来るところを
30分かけて行うが、歪んでおり、やり方と
考え方を伝授するも結果的に2時間かかった
という出来事があった。彼が時間を捨てながら
また失敗したからと言い、何枚も何枚も
ゴミ箱にシールを捨ててため息をつく様子は、
製造のプロ達から見て狂気に近い状態だった。
途中優しい別の先輩が見かねて声を
かけたりしてくれていたが、ダメだった。
その2時間の後、私はもうこれについて
彼に指導する意味がないことを理解した。
代わりに、こんなに貼りにくい作業を
二度とやりたくないと誓え、と言った。
私は自分は5分でできるノウハウを構築したが
それは経験とカンがあっての5分であると
自分でもよく分かっていた。私も気を抜くと
失敗するシール貼りの作業だ。
具体的には、幅約1200mmほどの機械の
ステンレスの板金に、大小異なる3種類の
シールを、等間隔に3つ貼った状態が、
貼る面の上下左右ど真ん中に来るというもの。
作業指示書には貼り位置や寸法表記が
あるため、すべきことは分かりやすい。
しかし貼る面にネジやハンドルなどの
突起があり、寸法がとりにくいのである。
彼は人生の終わりを迎えているような
悲壮感を顔に漂わせていた。私はただ、
この捨てたシールを忘れてはいけない
とだけ言ったからである。
私は彼にその後待っている出来事を
予め用意していたのである。そう、改善。
3種の大小異なるシールを2種で
同サイズとなるよう改善提案をし、
またそれが実施になると同時に、
1000mmのスケールを、貼る面の
ハンドルの上に治具がわりにして置き
それで寸法を取れば誰にでも簡単に貼れる
という流れを作ったのである。
思いつきが10秒、提案書作成10分、
実施を受けて作業指示書を作るのに10分。
間接的な拘束時間が多少あったが、1時間の
投資に対して、見返りは今後ずっと続く。
無論誰からも指示されていない行動だ。
話は戻って、過去に2時間かけて行った作業と
同等の作業、改善後の作業を彼にやらせた。
結果は10分で、出来栄えも申し分なく
またゴミ箱に捨てられたシールはなかった。
私は多く語ろうとせず、彼に尋ねた。
3ヶ月前にこれに2時間かかって、かなり
気落ちした日のことを覚えているか?と。
彼は覚えていた。そして、同じ一年の中で
作業を変えるだけで2時間から5分に短縮した。
やりにくいことはやりやすく変えればいい。
これが僕たちが主体的にやっていける領域だ。
と彼に伝えた。Y君も多く話さず理解した。
その時の彼の腑に落ちた様子や、
粋がろうとせずに黙って自分のノートに
何か書き残している背中を見て、
突然変異が起きたなと私は実感した。
彼は仕事を変える気概を持てたはずだ。
まだ19歳の後輩が他にも数名いる。
20歳もいるし若い奴がゴロゴロいる。
私が彼らと同じだけ若い時にこの工場で
仕事をしていることを考えると、胸が痛い。
私は勤勉だったが、大学生という名の温室で
ダラダラ過ごしていただけの若者だった。
いま工場で頑張っている20歳前後の若者は
みんなどこかで変異する。変異させる。
甘えた考えは切り捨てさせ、仕事に来ることや
技術を背負って世界を旅することの楽しさを
自分が実践してやり方を伝えていきたい。
改善とか目標管理とか私が注力して
成果を出していることは所詮、私の信用度を
一定数保つためだけのものであり、
それ自身は無機質なものである。
私が私たる存在として突然変異を起こせるなら
それはやはり学ぶことや旅することを
起点とした存在感を、外に放出することだ。
次の春にはY君が自分の苦労と努力の過程を
後輩に向けてぶつけている姿に期待したい。
来年も楽しくエンジニアリングしていこう。