DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0064_工場勤務の人に読んで欲しい

私は、産業機械メーカーの工場勤務で

機械を作る仕事をする機械エンジニアである。

その機械エンジニアとして、海外工場に

技術指導に行ったり、自分以外が仕事をする

ための作業指示書を作ったりしている。

市場規模も拡大傾向で社会貢献度も高く

企業としても誇りを持てる状態なので、

今は自信を持って私は機械エンジニアだ。

と公言することにしている。

 

しかしその道は平坦ではなかった。

今回は誇りを持って働く現在とはかけ離れた

「出来ない奴、ダメな中途社員」だった、

入社当時を振り返って、自分の様な境遇の

方に何か励みになればな、と思い記録する。

 

大卒→ブラック企業ニート→ホワイト大企業

にて派遣社員→ホワイト中小企業(現職)

というのが私のざっくりとした転職歴だ。

 

メーカーの製造部で仕事を始めたのが25歳で

それまでは機械いじりはおろか、自転車の

パンク修理すら満足にできない(自らやろう

としない)タイプの人間だったので、

「仕事=煩わしい作業は誰かにやってもらう」

という感情を持ってしまっていた。

 

なので頭をハンマーで叩かれるような日々

だった。例えば、工場内にある重さ10kgの

砂袋を先輩が指差し、「これ運んどいて」

とだけ指示される。当時できない子の私は

元気よく「分かりました!」といい、

10kgの砂袋を担いで歩き出す。しかし、

先輩が見当たらない。砂袋を持って迷う。

砂袋を持って右往左往すると砂がこぼれ

工場が汚れる。周りに迷惑をかける。

そもそもどこに運べば良いか分からず

元に戻して、こぼれた砂を掃除する。

そうすると先輩が戻ってきて何をやってるのか

と怒り心頭、「誰が砂掃除せい言うた」と。

思わず困惑して事情を説明(言い訳)をすると

「運び方も運ぶ場所も知らんのに動くな」と。

納得するが、悔しさで泣きそうになる。

高卒で年下の方は立派に一人で仕事している

そんなことを横目に見て惨めさがこみ上げる。

 

笑い話のような出来事だが、本当だ。

当時の感覚としては、運べと言われたから

とりあえず一個かついで先輩について行こう

というものだったように推察する。

が、今の感覚ならそれはアルバイト以下。

あ、こいつダメだ。と烙印を押される。

当時の私はそんな烙印だらけだった。

 

指示を受けたら自分で何をすべきか

具体的に行動開始から終わるまでを

イメージしてから動き始めるべきだ。

 

現在はもうそんな砂袋を運べというような

指示は受ける立場ではなくなり、むしろ

砂袋を運んでおいて欲しいと頼む側である。

 

元々できる子はどうか。

先の出来事に戻り、「これ運んどいて」

その後の正しい問答は「いつ何個どこに?」

である。「分かりました」はそれらが

明確になって言う、作業開始の言葉である。

 

そのごく普通のことが出来るのができる子、

できない子は成長を見守りつつ、重要な仕事は

なるべくさせないようにするのが現実だ。

 

もちろん砂を運ぶ程度でできない子は、

させないと他にさせることがなくなるので

教育をする。砂の運び方を教えるのだ。

砂がこぼれちゃいけないよ、とか

重かったら台車に乗せて運ぼうね、とか

そんなことでも指示の要不要は別れる。

 

できる子は汚れない様に作業し、汚れたら

綺麗にするが、できない子は何も考えず

作業し、汚れてもそのまんまである。

これは学校教育と言うよりはむしろ家庭で

どう教育されたかが大きいと推察する。

 

また、砂を運び終わったらすることは

「砂を運び終わりました」と口に出して

伝えることである。これも当たり前だが

指示を出す側になってから気づく、

できる子のありがたい行動パターンである。

 

やれと言われたことをやっても

黙っていたら次の仕事のトリガーが

かけにくいのである。頼んだ仕事終わった?

と毎回尋ねなければいけない様な大人を

相手にするのはある種、子育てより難しい。

 

事務職や営業職を過去に経験した私は

特に今まで不自由なく生きてきたつもり

だったが、この当たり前の中の当たり前を

学ばせてもらったのは工場勤務をし始めた

頃であった。ネジ一本の緩みも許されない

何千、何万という作業工数の先にある、

何百万円、何億円と言う機械を作っている。

 

結論として言いたいのは、昔はできない子で

今はできる子になれた、ということである。

くじけず、ものづくりの世界の難しさを

至りたい目標や憧れに据え、甘えを絶って

努力し続ければ、誰でもエンジニアになれる。

ただ、楽ではない。時間もかかる。

 

それと、いざ技術職を始めたらそれで

ジェット気流に乗れるなんてことはない。

技術職の世界は何より体力的に負担が大きく

暑いとか寒いとかいう感情ですら時には

甘えになって仕事の邪魔になることがある。

 

侍になる。修行僧になる。それくらいのつもり

で決断し飛び込んだら地道に頑張れるはずだ。

 

何にでも言えることであるが、どの道逃げ出す

体質の方なら、早く逃げた方が良い。

いつまでもひとのせいにしたり守ってもらおう

という気持ちが表に出続けるなら、

挑戦自体しなくても良いと思う。

 

私は逃げない強さを持ち続けて、高みに至り、

社会の底から上がってくるような輩とでも

楽しくものづくりができるよう徳を積みたい。

 

弱い人間は、文句を言いながらやり続けるか

文句を言わず強い人間に変わるかである。

今思うと確実に私は弱かった。そして、

出だしは文句ばかり心の中で言いながら

失敗したなと思う日々だった。しかし

遠くに輝いている、なりたい姿には

背を向けることをしなかった。

だからいつのまにか好転したのだと感じる。

全員、負けないで戦い続けて欲しい。