DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0046_ボーナス支給日と景況感

ボーナス支給が世の中を賑わしている。

 

勤め人にとっては一つの喜ばしいイベントだ。

私の勤め先では、賞与支給式として、

イベントホールに全社員が集まって

支給月数の発表と、役員から各部門長へ

賞与明細書の束が渡される催し物がある。

受け渡しのたびに大きな拍手が起こる、

なかなか古風な行事だと感じる。

 

私は過去に無職や派遣社員だった時期があり

有給休暇やボーナス支給は、当たり前のもの

ではなく、ありがたいものとして捉えている。

もちろんボーナスを受け取る全の人々が、

ありがたいと感じながら受け取るだろう。

 

だが、特に派遣社員時代の思い出だが、

周りの社員は貰っているのに自分にはない

という経験が、今のバイタリティに繋がった

ところを振り返ると、何か今の自分にとって

足りなくて悔しいという気持ちそのものが

未来の自分の達成に繋がるのだなと達観する。

 

ここからは個人的な出来事となるが、

ボーナスの支給と所感について記録したい。

 

ボーナスは、査定に基づき変動する。

支給基準月数と支給額の計算には、

4月から9月の半期の成果を基にした

個人別の評価が査定に影響を与える。

 

同僚や上司と支給額について情報共有する

ことは私は避けるようにしているが、

中には基準月数を割る額であったり、

忙しい忙しいと長時間奮闘しているのに

毎年同じ額で推移していたり。色々だ。

 

私は幸いにも労働時間は人並みで

誰とも日頃群れずに過ごしているが、

基準の計算式で出した額よりもかなり

多い額を支給されていることが分かった。

 

これは日頃の行いだろう。ボーナスを

たくさんもらいたい欲はあるが、

それを軸に行動を取るのは難しい。

やはり平素、簡単で自分にできることを

怠けずに自主的に行うことが、アウトプットと

なり、そのアウトプットはプラス評価となる。

 

逆に、ミスをしたり私情で休暇を得たり、

私にはマイナス要素がかなりある。これは

他から糾弾されることではないが、

自分は評価にさらされているという

適度なストレスを持って物事に取り組む以上、

自分のマイナス行動は自覚すべきである。

 

私のいつもの課題は、このマイナス要素を

根から撲滅しようとはせず、受け入れて即座に

プラスに転じる行動を取るところにある。

 

例えば設計ミスに気づかずに、設計のまま

機械の組立を進め、結果後工程になって

そのミスがロスを生む。という事態が起きた

としよう。多くの人が頭の中で考えるのは

これは組立ミスでなく、設計ミスである。

というポイントである。私は違う。

設計ミスに気づかなかったことをともかく

すぐに後工程にフォローアップし、

すまなかった!と言って正させて頂く。

 

これをすぐにやるには勇気がいる。

まず、自分が出しゃばる必要のない問題には

億劫な人間達から反感を買う。行動する前に

設計者を呼んで来い。といった指示である。

私は指示を受け付けないたちではないが、

自分の報告次第では自分でやらせてもらえる

ということを前提に、上司や後工程には

相談をする。これは自分が気づかなかったので

手直しは自分でやりたいです、と。

 

そうすると、それを相談された相手はまず

気を悪くすることはない。私を思いやって

他のメンバーにフォローさせたり、また

相談した相手も一緒に対応してくれたりだ。

 

私は過去には自分は悪くないという発想を

表に出してしまうたちであった。そして

しばらくその姿勢で仕事に取り組んだ結果、

誰が悪いかの議論に終始するばかりで

問題の本質を掘り下げて考えるエンジニア思考

そのものが鈍化していくことに気がついた。

気づけたのは幸運だったと振り返って思う。

 

そこからは問題が起きると、改善につながるか

または同僚と問題を共有して対処法の

引き出しを増やしていくか、対応はいつも

前向きで建設的であろうと心掛けている。

 

そうすると自分が相談を受けたり、周りで

困っているメンバーの手助けをする力が

養われたり、いいことだらけである。

 

ちなみにフォローをさせて頂いた後に、

設計ミスについては詳しく調べ、経緯に

よっては冷酷に問題を提議することもある。

 

話はボーナスに戻すと、評価の自体とは、

いかに他者に働きかけたか、ということが

最も評価しやすい要素であることがわかる。

長時間労働の是非を言うつもりはないが、

パフォーマンスはいつも全員が仕事をしている

日中に持ってきて力を注ぎまくるのが良い。

 

人間、自分の知らないところでの活躍は

なかなか目に見えないものである。そして

誰かの目の前で活躍したいと思うのであれば

自己犠牲や解決能力が求められるのである。

この両輪はすぐに高められるものではい。

 

目の前に落ちている、誰かが捨てたゴミを

拾うだけでも良い。少しずつ、誰かのための

ちょっとした行動を自分の動力源にしていけば

あとは何が起きても好転できると私は考える。

 

次のボーナスも、大いに楽しみである。