0148_釣りバカエンジニアライフ
私の仕事は、自社工場で産業機械を製造し
システムを自分たちで据付し、保守も行う
という、オールラウンダーな技術者である。
(ブログでは何でも勝手にいうが、
自社内で同じことを言えるまでには
あと3年は苦行を続けたいと自覚している)
高校卒と同時に入社した35歳、入社歴16年の
会社屈指の技術者である先輩の後釜として私は
2019年の4月からマレーシア工場に赴任した。
元々、芸術やバヌアツが好きなだけの
ど文系大卒(英語だけできる)技術者の
私を海外拠点の指導的立場にあてた会社は
なかなかの長期目線で賭けをしたと思う。
そんな私と先輩のダーさん(日本人)は
めっぽう仲が良い。私が彼のことを心から
好き好んで師として崇拝しているのだ。
ダーさんは何をやってもクールだ。
スケボーとスノボーを愛し、釣りを愛し
車やバイクを愛し、機械作りの仕事を愛す。
テレビやラジオやSNSに殆ど関心がない。
無駄がなく、一流の仕事と趣味に生きる方だ。
「週末何すんの?釣り行かへん?」
という誘いに私は二つ返事で了承した。
今回は、その釣り体験の記録である。
事前に約束した現地人船長の待つ船場に行き
船に乗り込んで海を出たのが9:00ごろ。
釣りを終えて船場に戻ったのが18:30ごろ。
その約10時間の釣りで、船長含む3人で5匹の
魚が釣れた。体験としての概要はそんなところ。
その海釣りの技術が私にとってかなり
示唆の多いものだった。本当にたくさんの
ポジティブな考え事をしたり釣り体験談を
聞かせてもらったりしたが、特に記憶に
残ったのが、"潮の流れを読む"ということ。
1日650RMでポートディクソンより出ている
船には、魚群探知機と水深確認のできる装置が
搭載されており、船長の裁量で、魚群が来る
スポットを探して船を動かすのだ。
その際に基準となるのが潮の流れ。
何となく一般人でも理解のある潮の流れと言えば
潮の満ち引きや、黒潮などの大きな海流だが
潮の流れは私の想像を超えて多様な姿がある。
まず、水深によって潮の流れが違うのだ。
水深40mとして、海底が早くて水面近づくほど
遅いといったことや、時間によっても違う。
同じ場所でも深さや速さは常に変動しているのだ。
そして潮の流れに乗った小魚を狙って
標的となる魚が泳いでくる、とそんな話だ。
更に、私は潮の流れといえば、夜空を見上げた
際に見える天の川のような大きなものを
イメージしていたが、沖釣りの釣り人が狙う
潮はもっと限定的な一点。船一個分離れると
また変わるし、船は風や波の影響で同じ場所に
留まることはできないのだ。まさに諸行無常。
信頼できる船長は、経験則から潮の流れの
上流側で船のモーターを止め、そこから自然な
流れで潮のスポット沿って船が動くように
大海原の中で一点を探して誘導してくれる。
無論、海底の地形や天候によって予想も変わるのだ。
そんな船長がここだという箇所を何十回も
海の上を移動しては釣り、釣れないと30分から
1時間ほどでまた移動する。10時間は長いが
素人の私でも本当にあっという間だった。
稚拙な表現だがそれくらい、海は広い。
コンテナ船や、資材や燃料、数百メートル
ある大きな筒(ロケット?)を運ぶ貨物船が
右にも左にも航海する、マラッカ海峡の眺めは
独特の旅情を感じたし、空には数多くの
AirAsiaが飛行していた。そんな晴れた空と海で
音楽も会話もなくただ魚を釣るという目的で
ダーさんと過ごした時間は貴重だった。
仕事を教わるかのように、釣りのこつや
面白さを要所で教えてくださるのだ。
1日650RMといえば18,000円ほど。食事は
船に乗る前の朝マックと船の上ではパンだ。
釣れた魚は50cm以上あったので船長に贈呈。
途中サワラに仕掛けを咬みちぎらられたり
海底に引っかかってやむなく糸を切ったりで
失った道具もいくつかある。全てこれらは
ダーさんの持ち物だ。それでも彼は言う。
釣竿を振っているだけで気持ちが安らぎ、
魚が食らいつく瞬間と釣り上げるまでの戦い、
更には大海原にいる憧れの魚、GTを釣る
(ゴールデントリバリー、和名は浪人鯵)という
夢のために海に出るのだ、と。650RMあったら
何ができるだろうと考えても残念ながら私は
ホテルの豪華な朝食とか洋服を買うとか。
夢のために私財を投入する癖は思いつかない。
憧れの海、山、川、空。エンジニアにとって
制御不能な自然に、自分の経験と技術力で
立ち向かっていく姿は男の浪漫そのものだ。
そんな彼に重要から仕事を引き継ぐ私は幸運だが
幸運を消費してしまわぬよう、私も自分の夢を
技術力で解決していけるよう研鑽し続けたい。
最後に、ゴミを釣り上げた時に船長と
特に会話を交わすことなく、釣ったゴミを
持ち帰ろうとビニール袋に入れた2人の姿は
海の男の格好良さを私に教えてくれた。
いてくれるだけで場が清まる存在。
一流を一言でいうならば、そのようだ。