DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0264_技術者としての海外旅行③

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前回までの記録から続く。

さて、私は瀕死の状態のキャリアから一転、

海外で活躍する技術者となれたのだった。

 

その旅行術は、営業の時とは全く異なる。

まず、お客さんも会社も私の人格や人となり

ではく、技術をあてにして相談をしてこられる。

 

これは私にとってありがたい。

技術的な計画の立て方には、筋道が立ちやすい

からである。多分捨てられるんだろう書類を

一生懸命に作って、決済をもらい、不安がり、

ストーリーが頭から離れず仕事のオンオフが

判然としない、オフィスワークではない。

 

エンジニアリングは誰もが苦手意識や

逃げたい気持ちを持ちやすいが、そこに

物理的で確実な答えが必ず存在する。

みんな分からないから苦手、取説は読めないから

販売元に聞く、などするが、機械や装置の

困りごとは技術的に説明がつくことばかりだ。

 

その技術が要るとなったら、まず媚びなくていい。

もちろん、重要なことは技術レベルだ。

 

他社では出来ないからなんとかして欲しい

他は信用できないから行って片付けて欲しい

そういう依頼を受けて私はYesかNoを準備する。

もちろん、Noがないのが技術の世界だ。

 

そうなると、その日は家族の予定があるから

別の週にしてほしい、ということが平気で言える。

それも言わないが、その権限がある。

 

更に、部品の準備、航空券手配、ホテル予約、

移動(運転)、食事の段取り…旅行の醍醐味であり

最も神経を研ぎ澄ませるこれらの時間は

全てローカルスタッフに任せておいて良い。

 

私は受け取った便情報を見て、作業の段取りや

誰といくと良いかなどを考える。あくまで

自分の力をいかに使って相手を喜ばせるか

ということに集中できるのだ。さらには

マレーシア人の同僚たちは、日本人と行く

ということを心から喜ぶ(個人的に仲が良い

ということは別にして)。やはり東南アジア人も

東南アジア人の不確実性には不安を持つらしい。

 

かくして私は人が段取りして下さった

移動手段で空を飛び、ホテルに泊まり、

お客さんを技術的対応で安心させ、

また次の旅に備える。という生活だ。

 

良いことばかりではないとしたら、

仕事の段取りは完璧であるべきという点、

自分が出張したために遅れをきたす可能性の

ある、内勤の(製造の)仕事のケアのために、

ホテルに帰ってからも仕事が続くことだ。

 

業務日報を書き、洗濯をし、シャワーを浴び、

よほどの疲れがないかぎりは明くる日の業務日報を

前もって予見して書き、その際に出た不確実性に

対して資料を探したり時間配分を考えたり

ということで寝るその瞬間までは段取りだ。

 

部品点数が1万点以上、重量にして20〜30t、

長さも40mかそこらのシステムだ。

基盤の抵抗一つ、エア配管のスピコン一つの

不具合でもすぐに対処できるための気構えが要る。

 

結論、私でないと勤まらないというレベルまで

技術を高めることができたのは、多くの先輩や

お客さんが見捨てずに育ててくれたことが

まず前提としてあり、その感謝をいつまでも

体現しながら交友を広げていく姿勢と、

 

自分の時間に「副業すべきですか?」などと

アホなことを言わずさっさと自分の役割を

急成長させる努力をした結果だけだ。

 

さらに言うなら友達など知らんと言わんばかりに

読書の時間を大切にしたこともある。

メーカー勤めなら、トヨタの本はたくさんあり

どの国籍のどの階層の人間よりも、

義務教育を普通に受けられた普通の日本人の

方がトヨタから多くを学ぶ機会がある。

それはもちろんトヨタの本だけではない。

 

私はこれからも、旅をしながらどんどん

技術力と自由度を高めて、何かもっと想像も

つかないような異世界に自分が飛び込む夢を見る。

ここが嫌だとは思うことがないが、

基準となる考え方はいつも、昨日より今日…

ここよりも向こう…というものだ。

 

それが衝突ばかりだとしても、体さえあれば

最後はどこかしら夢見た高みに行き着くだろう。

 

これを読んでくださった方に感じてもらいたい

感覚は、「なんだこいつ負けてたまるか」だ。

じゃないと私ばかり自由になってしまうのだ。