DAZAIFICの、ガツンとゆるい所感

機械工であり、二児の父であり、世界20カ国で遊んだり仕事した旅人がお送りする、仕事や生活での気づきや学び。毎朝7:30に更新していき、1000件を目標に記述を残します。

0090_小銭貯金と定量化の教訓

私は機械メーカー勤務、ものづくりの現場で

平素、受注生産の製造工程に従事しており、

その職業柄、定量化という感覚が根深い。

 

日常で例えると、トイレットペーパーが

なくなったので急遽買いに行くというような

間の悪いことを極端に嫌う職業病を持つ。

 

かといって60平米ほどしかない賃貸住宅に

あれもこれも備蓄するほどせせこましい暮らし

は望んでいない。ではどうするかといえば、

残量がどれくらいになれば買いに行くのが

最適なのか、ある程度"定量化"を図るのだ。

大多数の人がそれをしているのは承知の上だ。

 

今回は、気ままに続けている小銭貯金の内容と

この定量化の感覚を照らし合わせて、進行中の

小銭貯金の、達成までの道筋を考察したい。

 

始めた理由はとくにこれといってなかった。

義理の妹が我が家に遊びにきていた際に教えて

くれた、「365日の貯金」という携帯アプリ

(豚の貯金箱がアイコンのもの)を知った時、

面白そうだ!やってみよう。と感じたからだ。

 

アプリの概要としては、365個のマスが

アプリ内に用意されており、それらは1円から

365円を示している。そのマスの1をタップ

すると色が反転し、1円貯金した記録が残る。

 

アプリ内のページの最上部には、現在

開始から何日間経過して、何日分貯金をして、

累計何円貯金額があるかが表示されている。

 

使用方法は自由だ。初日は1円、2日目は2円、

とやっていっても、365円から貯金を初めても

良い。送金技術などはアプリ内になく、

ただ単に貯金記録としての役割である。

小銭を持たない人にとっては役立たない。

 

私は小銭をポケットから机の上に置いて

その事を忘れてしまう性分で、酔って帰る

ことなどあるとお釣りがいくらだろうと

運転手に差し上げて家に入ることもある。

 

ちまちまとした小銭に固執することで

大きな機会を見逃したくないという

ハリボテの男らしさを貫いていたが、

どうも経営者や成功者の伝記を読んだり

または自分の仕事が1mm,1mAの世界で

細かい気づきを大切にするところとの

整合性が取れないなと感じるところもあり

1円の大切さを重んじたいと願うようになり

思い切って小銭に執着し始めたのである。

 

開始からいつまで続くか分からないが

気軽にできる時にやろうと、区切りよく6月1日

に開始した。この記事を書いている1月26日の

時点で、240日が経ったことに気づき、

現在148日分のマスが埋まっている。

貯金はちょうど30,000円溜まった。

 

・ここからが私の定量化の観点だ。

 

1点目は私の開始から今日までの脇の甘さだ。

30,000円溜まってみるとそんなになるのかと

驚く反面、この取り組みをやらなければ

一日あたり125円捨てていても特に気が

つかなかったのだなということを理解する。

 

この125円の気づきには価値がある。

仮にどなたかにとって快い125円の報酬を

100人から、年間240日頂くことができれば

300万円の報酬となるという理屈が立つ。

この125円が1万人なら240日で3億円になる。

 

私が払う側でも受け取る側でも1日125円なら

安心や豊かさを得るための費用と考えれば

そこまで高額じゃないと感じてしまう。

 

ネット経由の課金ビジネスモデルなどは

定置網を広げていくというテコ作用により

この少額を大多数から得る大きな機会を

ものにしているのだろうと体感した。

 

2点目に私の"出来る限りやる"の力量だ。

・240日間で一日125円、148日分貯金した。

・残り125日は一日280円できれば達成する。

 

これをどう定量化し評価するかである。

仮に至上命題が以下のものだとしよう。

"365日休まず、満額の66,795円貯金すること"。

 

やってきたこととこれからすべきことの

金額を見れば明らかで、やってきたことは

本来1日あたりすべき額より少なかったため、

後半戦に一気に負担が増えるということだ。

 

これまで1日125円ずつ貯金ができたこと自体は

(自己)評価に値するが、本来目標達成をしたい

と考えた場合、66,795÷365=183円なので、

125円では日量58円足りなかった計算だ。

 

また、毎日欠かさずという力を測るとしたら

240日過ぎて148日したといえば、61%だ。

出来る限りやろうという私の感覚では

6割ほどしかできないという見方ができる。

 

時間は有限なのでこれに使う時間が

どれほど市場価値を持つのかは、行ったこと

をコンテンツとして見なせるか、他人の評価に

さらされた上で学びになり得る活動だったか

というところに至るので今回は数字を交えて

記録した次第である。

 

日頃のんびり考えている中でもつい発動する

定量化の観点を今回は文章に残させて頂いた。

 

数値化せずとも感覚的に成功や達成の匂いが

嗅げるよう、これからも研鑽し続けたい。